東海道本線各駅停車(1/2)

 小学校低学年の頃、帰宅してからの日課は浮世絵を模写することであった。読売新聞が購読者向けに頒布していたA4大の複製画を父から丁重に借り受け、《富嶽三十六景》《東海道五十三次》などを1日1枚、大学ノートに熱心に写したものだ。
 永谷園のお茶漬けについてきた名画のカードも、幼少時のわたしが好んだアイテム。カードの端っこをはがきに貼って送り、全員プレゼントの《富嶽》や《東海道》のコンプリート・セットを入手してひとり悦に入っていた奇特な少年であった。
 そういうわけで、東京近郊や東海道の地名は、上京よりもずっと以前から刷りこまれていた。長じては地名を聞くだけで、えもいわれぬなつかしさとともに浮世絵の景色が自然に立ち上がってくるようになったのである。
 先日は若者の街・原宿のギャラリーに渋々足を運んだところ、住所表示に「穏田」とあるのを見つけ、大都会の真ん中でひとり《富嶽》の《穏田の水車》を思った。保土ヶ谷在住という初対面の人に「あの《富嶽三十六景》の程ヶ谷ですか」などと言いどん引きされたこともある。それくらい、《富嶽》や《東海道》は自分の奥深くに染みわたっている絵である。
 鉄道ファンでもなんでもないわたしが東海道本線を好き好むのも、そんな背景のあることが大きい。東海道本線、とりわけ静岡県内には東海道五十三次の宿場と同じ名前の駅が多く、飽きない。三島に原、蒲原、袋井、二川……各駅停車に乗っているだけで、故郷とは真反対の方向に進んでいるにもかかわらず、郷愁また郷愁の旅路となるのである。
 東海道本線に長時間乗車するのは、もっぱら青春18きっぷの時期。すなわち春先の3~4月、夏休みの7~9月、冬休みの12~1月だ。東京から京都まで途中下車をせずに各駅停車を乗り継いで行けば、ざっと8時間。いざ乗ってみればそう長くも感じないし、寄り道だって自在にできる。なにより車窓から望む風景が変化に富んでいて、何度乗っても楽しい。駅弁や沿線のうまいものを試すのも一興。その一端をダイジェストでご紹介したい。

 

――都会を去り、湘南から小田原あたりでようやっと湧いてきた旅情らしきものは、根府川の手前で車窓一面に広がる大海原を見ることで一気に高まりをみせる。真鶴、湯河原、熱海といった名だたる温泉街を眼下に進むと、途中下車の誘惑に抗いがたく、旅情はいよいよ確かなものとなる。熱海で湯治客を下ろしきると、ここから先は沿線住民の生活の足。トンネルを越えて三島・沼津と過ぎたあたりで、天気に恵まれればしばしのあいだ右手側に大きな富士山が見えるはずだ。さらに島田から金谷、菊川、掛川の沿線では、斜面を埋めつくすように茶畑が広がっている。富士に茶畑、これで静岡名物はばっちり。浜松で乗り換えると、もう数駅で浜名湖に到達。舞阪~弁天島新居町間の、穏やかな湖上をひた走る爽快さは格別だ。豊橋でまた乗り換えをし、江の島に似たリゾート地・竹島を擁する蒲郡を境にして、電車は内陸部へ。大都市・名古屋を経て、ひたすら濃尾平野を行く。大垣での乗り換え時間の短さは「大垣ダッシュ」と呼ばれ、ある種の名物になっている。この先、関ケ原あたりから道が細くなり、峠を縫うようにして電車は進んでいく。ぬっと右手に姿を現す悠然とした大山が、伊吹山だ。ここから先は近江国。琵琶湖が見えてくるまでは遠いが、視界の開けた明るい田園風景が続く。少しばかり琵琶湖の光が見えてきたかと思えば、すぐにトンネルに阻まれてしまう。山をひとつ越えると山科、もうひとつ越えれば、そこが京の都である……

 (つづく)