春章礼讃(1/2)

 浮世絵には「版画」と「肉筆画」がある。量産が見込まれた版画とは異なり、肉筆浮世絵は一品制作の注文品。入念な仕上げの高額商品であり、武家や豪商がその受容層だった。彫師や摺師の介在なしに絵師が直接手を下しているし、版画よりも大画面だから、絵師による線や着けた色のそのものを味わいたいならば肉筆浮世絵を観るに尽きる(もちろん、版画には版画のよさがある)。
 熱海のMOA美術館には菱川師宣から懐月堂、宮川長春鳥文斎栄之、勝川春章、喜多川歌麿葛飾北斎と、肉筆浮世絵のメインストリームをなした絵師たちのハイレベルな作例がそろっている。これだけの内容を他館からの借用なしに自前でまかなえることがまずすごいが、それでもMOAはけっして「浮世絵の美術館」を標榜するわけではなく、多ジャンルにわたる収蔵品のうちのたった一群にすぎないのだから恐ろしい。
 そんなMOA美術館所蔵の肉筆浮世絵をまとめて観ることのできる好機が「所蔵 浮世絵展 江戸の華」。展示の構成は、著名絵師の肉筆画を時代順・絵師ごとに並べ、合間に同じ作者の浮世絵版画を添えるというもの。数点の役者絵や遊楽図を除いた他は美人画で、展覧会名の「江戸の華」も「美人」ということになる(火事や喧嘩の絵はなかった)。
 最大の目玉は、コレクションの白眉中の白眉である勝川春章《婦女風俗十二ケ月図》(十点一組)《雪月花図》(三幅対)の全点展示。このたび熱海まで馳せ参じることを決めたのも、春章のこの二つの作品を観るためと言って過言ではない。
 とりわけ素晴らしいのは《雪月花図》のあった第二室。入ってすぐに春信、清長、春章の版画があり、黒塗りの漆喰壁で囲われた常設スペースの仁清《藤花文茶壺》を挟んで、奥の幅の広い壁付ケースに春章《雪月花図》と栄之《円窓九美人図》が待ち受けている。ここに挙げた絵画はいずれも浮世絵の黄金期といわれる天明期ごろの作品で同時代性をもつ。時代や材質の異なる仁清の茶壺もひっくるめて、気品あるはなやかさのなかにすべての展示品が見事な調和を見せていた。
 唐突だが、わたしが愛してやまない浮世絵師は鈴木春信であり、勝川春章である。春信、春章ともに、健全で高雅、香り高い画風をもつ。栄之の品格もこれに追随する……かねてよりそう思っていたところ、敬愛する清方先生の文章にまったく同一の嗜好を述べるくだりを見つけ、わが意を得たりと喜んだものだ。
 そんなものだから、春信があり春章がある、栄之もあるというこの第二室は至高というべきか至福というべきか、筆舌には尽くしがたい魅力が充満した夢のような空間だったのである。(つづく)

 

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