硝子のうち/そと(1/2)

 もう何年前か忘れてしまったが、MOA美術館がリニューアルされた。プロデュースは杉本博司さん。リノリウムの白い床のありふれた展示室が今度は黒で統一され、暗闇のなかに作品が浮かび上がる杉本スタイルのシックな空間にがらりと生まれ変わったのだ。
 リニューアルを記念する名品展にもすぐに足を運んだ。杉本スタイルのなかに身を置き、杉本さんの用意したいろいろな「仕掛け」を目の当たりにすることが、名品の鑑賞と同じくらい、いやそれ以上の来館前の楽しみであった。それが、現地を訪ねてみて最も衝撃を受けたのは意外や意外、展示室で鑑賞者と作品を隔てる「ガラス」であったのだ。
 新しいガラスはとにかく透明性が高い。展示室に入った瞬間、ガラスの存在に気づかずに「えっ、これでいいの?ガラスないけど……」となったほどである。「存在しないかのように存在する」まったく新しいガラスに、わたしは腰を抜かし、唖然としてしまった。そしてほどなくして、思わず頭をゴンとぶつけた。
 よく見れば同じようにぶつけた跡が多数あるし、後から来た人も続々と頭をぶつけている。まるで除夜の鐘だ。この一枚目のガラスだけ、将来的に早めに交換する必要があるだろう。館の人は馴れたようすで頻繁に跡を拭きに来るのだが、さらによーく見るとガラスの表面には一定の間隔で小さなグレーの丸印が印刷され、衝突の危険が喚起されていた。むろん、すでに手遅れである。もうちょいとしっかりアナウンスしておくれ……
 ガラスである以上はなにがしか映り込んでしまうのは仕方ないが、このガラスにはライティングも鑑賞者の姿もほとんど反射しない。反対側の壁一面を黒くする工夫がこの効果をさらに高めており、まさにガラスなしで一対一で作品と相対しているかのような空間が実現されている。美術館に行く日に柄物の服を避けるような心配が、ここMOAにかぎってはないのである。杉本さんのこの「仕掛け」には本当に驚かされた。

 東京に戻ってからリニューアルの感想を人に問われると、きまって「ガラスがすごかった」と答えたものだ。(つづく)

 

 ※MOA美術館には、紛らわしいことにほんとうにガラスのない露出展示の部屋もある。ただし、やや遠目からの鑑賞になってしまう。