絵はがき考(2/2)

 肌寒くなってきた頃、額に入れてみて、そのおさまりのよさに胸が躍った。

 以来、つがいの鳥(プラス一羽)とともにこの暖冬をさらにぬくぬくと過ごしてきたのだが、梅、次いで桜の蕾がほころぶにつれ、徐々に掛け替えの必要を感じるようになった。

 そんな折に出合ったのが、南薫造《すまり星》の絵はがきだった。

 季節感というよりかは「気分」がはまった印象である。

 すまり星=プレアデス星団が見えるのは「冬を中心に秋から春先」らしい。つまりはまもなくオフシーズンなのだが、こうして調べるまでそんなことは露も知らぬほど星には詳しくないし、「夏の夜空のようだなあ」となんとなく思いこんでいたくらいである。興をそそられれば充分。自室で愉しむなら、そのくらいの気楽さがいい。

 展覧会の出品作のうち、絵はがきとして採用されるのはせいぜい35点といったところ。もちろん展示の規模や方針によって、もっと多かったり少なかったりするが、絵はがきのラインナップに自分がこれはと思った作品がなく、しょんぼりして会場を後にしたり、しぶしぶ図録に手を伸ばしたりといった苦い経験を、これまで何度もしてきた。

 それだけに、鑑賞後にお気に入りの作品の絵はがきがあると知ったときの喜びは格別。展覧会の企画サイドと「目が合った」「意思の疎通がはかれた」といったような思い込みめいた感慨すら湧いてくるものである。

 こういった経緯を経て無事に作品を自室に「持ち帰る」ことができた誇らしさも一緒に、部屋に飾りつけているのだともいえる。ちょうどヨーロッパの王侯貴族が、みずから狩った動物の剥製を室内に飾り立てるように。

 しばらくは《すまり星》とともに過ごす時が続くのだろうが、また違った出合いのあることも同時に望んでしまう、欲の多いわたしである。


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